FAZER LOGIN――それから数日後の午後。堀内くんがやっと終わらせた大きな案件の企画書を私に提出した。
彼は紙に印刷したものではなくデータの入ったUSBメモリーを持ってきたので、パソコンで読み飛ばしのないよう真剣にその内容に目を通していく。
「……うん、この内容で大丈夫だと思うわ。堀内くん、ご苦労さま。よく最後までやり遂げたわね」
「ありがとうございます、尾崎チーフ。チーフが色々と丁寧に教えて下さったおかげです」
「ううん。私はただ、上司としてあなたのやる気に応えただけ。あなたは真剣にこの案件に取り組んでくれたからね。――この企画書、明日の午後の会議で発表するから室長にも『尾崎チーフからのチェック済み』ってことで提出しておいて」
「はい」
「あ、その前に。何かあった時のために、こっちでバックアップ取らせてもらっ
「――尾崎チーフ、それって……」「データが丸ごと改竄されてるの。おそらく室長の仕業ね。まさか、ホントに仕掛けてくるなんて」 青ざめる堀内くんに私は答え、盛大なため息をついた。「室長が!? でも、どうして……」「あの人、私のことを目の敵にしてるから。あなたがミスをしたことにして、この案件をあなたに任せた私に責任を取らせようとしているんだと思う。前にもこんなことがあって、私も一緒にお詫びに出向いたことがあったでしょう?」「はい。じゃあ、あれもわざとだったってことですか? ……でも、本当にこれ、室長がしたことなんでしょうか」「それはこれから分かるわ。――冴島くん、防犯カメラの映像を見せてくれる? 確か昨日、室長はひとりで残業していたわよね」 私はたまたますぐ近くにいた稜也くんを呼び、彼のスマートフォンに保存されているであろう昨夜の映像を確認させてもらうことにした。 そして、遠藤室長が昨夜、珍しく残業していたのは事実だった。「はい。昨夜の映像ですね。こんなこともあろうかと、キチンと保存してありますよ」「……チーフ、『防犯カメラの映像』って何ですか?」「ああ、そっか。堀内くんは知らなかったっけ。この部屋には防犯カメ
――それから数日後の午後。堀内くんがやっと終わらせた大きな案件の企画書を私に提出した。 彼は紙に印刷したものではなくデータの入ったUSBメモリーを持ってきたので、パソコンで読み飛ばしのないよう真剣にその内容に目を通していく。「……うん、この内容で大丈夫だと思うわ。堀内くん、ご苦労さま。よく最後までやり遂げたわね」「ありがとうございます、尾崎チーフ。チーフが色々と丁寧に教えて下さったおかげです」「ううん。私はただ、上司としてあなたのやる気に応えただけ。あなたは真剣にこの案件に取り組んでくれたからね。――この企画書、明日の午後の会議で発表するから室長にも『尾崎チーフからのチェック済み』ってことで提出しておいて」「はい」「あ、その前に。何かあった時のために、こっちでバックアップ取らせてもらっといていい?」「……どうぞ」「ありがとう」 私は自分のUSBメモリーもパソコンに差し込み、堀内くんが提出してくれた企画書のデータをそこにコピーしておいた。 遠藤室長に提出するにあたり、私にはどうもイヤな予感がして仕方がないのだ。この件を彼に任せたのは私なので、当然何か不測の事態が起きた時に責任を取るのも私ということになる。 もし、その〝不測の事態〟を遠藤室長がわざと作り出したとしたら……。「……あの、チーフ? 『何か』って?」「ああ、ううん。何でもないの。私の考えすぎかな。とにかく、室長へ
――怜司は私に執着しているらしいので、連絡の取れたヤツがノコノコやってきたことは以外でも何でもなかった。「何なんだよ、茜? 『みっともねえから私に関わるな』って言ったんじゃなかった……の……か、あれ? 陽菜美がなんで……」 彼は文句たらたら言いながらタクシーから降りてきたけれど、ここに警察と陽菜美さんがいることに気づいて固まった。「やっぱり、彼女の言ったとおりだったのね。怜司、あんたこの女と付き合ってるんだ? まだ私に固執してるくせにねー、やってること矛盾してない?」 「えっ? ……ああ、そうだよ。でも、もうホントにお前のことは諦めるつもりだったんだよ。だから矛盾はしてねえだろ?」「まあねー。でも残念だったわね。あんたさ、この女に利用されてるだけよ? さっき本人がそう言ってたから」「……何だって? それホントなのか、陽菜美?」「おっと、ここで痴話ゲンカはやめてもらえる? そんなこと、私は興味ないから。それより怜司、あんたよね? この女のスマートフォンに私の写真送ったの。そのせいで私、さっきそこの男たちに襲われそうになったんだけど。この女に雇われたんだって。あんたどう思う?」「マジかよ!? 確かに俺、陽菜美にお前の写真が欲しいって言われてスマホに送ったけどよ。まさかこんなことに使われるなんて思わなかったんだ。ホントだよ! 信じてくれ!」
――それから十数分後。何も知らない陽菜美さんが、黒塗りの高級外車の後部座席から降りてきた。私と稜也くんの他に、制服警官二人と手錠をかけられうなだれている二人の男がいることに気づいて固まっている。彼女は憶えているはずだ。彼らが、私に危害を加えるために自分がお金を払って雇った相手だということを。「ちょっと……、これはどういうことなの!? 稜也さん、わたしのことを騙したんですか!?」 彼女は自分がしたことを棚に上げて、稜也くんに対して怒りを露わにした。「どういうことなの!?」とはおそらく、どうして私が傷ひとつ負っていなくて、彼らが警察に捕まっているのかということに対してだろう。言い換えれば「失敗ったわね、あんたたち!」という台詞になるだろうか。まー、お嬢さまのくせに品がないこと。「〝騙した〟なんて聞き捨てならないですね、陽菜美さん。もう僕につきまとわないと言ったのはどこのどなたでしたっけ? 挙げ句お父さまと二人で会社まで抗議しに来るわ、茜さんに危害を加えようとするわ。もういい加減ウンザリなんですよ、あなたには」 今日の稜也くんはいつもに増して冷酷だ。完全にブリザード化していて、六月だというのに周りの空気が凍り付きそう。こんな彼、私は初めて見た。「陽菜美さん、あなたでしょう? こいつらに十万ずつ渡して、私を襲うように命じたのは。二人とも、もう自白してるわよ」「……っ!」 彼女は悔しそうに歯ぎしりしながら私を睨んだ。これは肯定だと受け取っていいだろう。 
「――さてと。僕が冴島稜也ですが。あんたたちを警察に引き渡す前に、訊きたいことがあるんですけど。彼女を襲うよう、あんたたちに金を掴ませたのはこの女性で間違いないですよね?」 稜也くんはスマートフォンの中になぜか保存されていた陽菜美さんの写真を、私を襲おうとして返り討ちに合った男たちに見せた。クールで丁寧な物言いだけれど、ところどころ言葉が荒れている。これは彼らへの怒りを堪えきれていないという証拠だ。 どうして彼女の写真を消していないのか、私はツッコみたくなったけれど。話が進まなくなるのでここではやめておく。「あんたが……、冴島稜也? ……ああ、間違いねぇ。この女だ。でも俺たちは、この女に十万ずつもらって頼まれただけなんだよ! この姉さんの名前も、あんたのことも何も知らされてなかった!」「そんなことは僕たちに何の関係もない。金に目が眩んで茜さんを襲おうとしたことに変わりはないだろう? 情状酌量の余地はないぞ」 彼
――陽菜美さんと怜司に本当に繋がりがあるのか、それともまったく無関係なのか? それがうやむやなまま数日が過ぎた、ある日の退勤後。 会社のビルを出て駅まで一人で歩いていると、私は怪しげな二人の男に取り囲まれた。 そのうちの一人、背が高くてガタイのいい方の男がドスの効いた声で問うてきた。私はその隙に、スマートフォンで稜也くんの番号を呼び出して発信ボタンをタップし、通話状態にしておいた。「――あんた、尾崎茜さんだよな?」「そうですけど……。私に何のご用ですか? 私、あなた方のことなんて知りませんけど」 こちとら二十八年生きてきて、いくつも修羅場は潜ってきているのだ。小娘じゃあるまいし、こんなことくらいで動揺したりはしない。 私の落ち着きぶりに、彼らの方がたじろいでいる。もう一人のヒョロ長の方の男が精一杯の虚勢を張って喚いた。「あ……あんた、オレたちが怖くねえのかよ!?」「あのねぇ、これくらいで怖がるようじゃ二十八年間も独身通してこないわよ。どうせあんたたち、お金で雇われただけなんでしょ? 雇い主は誰?」







